ホラーやお笑いなどについて、勝手なことを書き連ねるブログです
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さて悪い方だが。訃報です。しかも、いっぺんに二件。
三遊亭円楽の方は、改めて書くまでもなく。
「五代目・六代目の共存」という珍しいものが見られなかったのは残念、
円楽党の残党はどこへいく。とだけ触れておきましょう。
「子別れ」では自分も涙を流しながら演じていたのが印象に残っている。
そして、立川文都。談志の弟子で、一門会で数回見た。
亡くなったからといってことさらいい評価をするのを私は好まない。
文都がトリの会かあ、やめとくか、と思ったこともある。
次は文都か、と少しがっかりしたこともある。
だけれどなんだろう、何故こんなに悲しいんだろう。
後輩の志らく談春と比べると、明らかに地味であった。けれど、
あの文都の落語は、ある意味「純落語」だったのかもしれないと思う。
NHK BS2の番組では、「うどんや」ともうひとつの噺(失念)をくっつけて
再構築した落語をやっていた。寄席のルールからは外れているが、
古典落語の可能性を感じた。
立川笑志の真打ち昇進&「生志」への改名披露興行での口上では、
「笑志から、生志になったわけです。笑いより生きる道をとったんです。
立川流としては正しい選択です」と言っていた。大ウケだった。私も笑った。
もうあの師匠の落語を聴けないかと思うと、たまらなく悲しい。