今年の夏ごろだったか、フジテレビ「ボクらの時代」に北杜夫・斉藤由香・阿川佐和子が出た。
躁なのか。久々に躁なのか北先生。と思って見た。小学校時代から念願で、そして初めての「動く北杜夫」。
…老けてるなあ、というのが第一印象。もっとも、八十過ぎてるのだから当然だが。
うちのおじいちゃんもこんな感じだった。それでも、
「マンボウ・マブゼ共和国」の国歌を主席の肉声で聴けて満足。
前回の躁期に「新潮45」に書いた、という噂だけあって読むことも叶わなかった
「マンボウ最後のむざんなバクチ行脚」も、今年春にようやく「マンボウ最後の大バクチ」として単行本化。
そのころ小学生で「新潮45」の存在も知らなかった私としては、すごく嬉しい。
…でも買えなくって、図書館で予約したらようやく回ってきた。
同じころでた斉藤由香との対談集「パパは楽しい躁うつ病」と一緒に。
娘の由香のあとがきによると、褒章のしらせがきたが断ってしまったらしい。
皇室への敬慕を幾度となく書いてきたマンボウ先生なのに。
「父の無欲」ということで片づけてしまっていいのか斉藤由香。
「マンボウ最後の大バクチ」には、
「幽霊」「木霊」に続く2長編と、童話「赤いオバケと白いオバケ」は書きたかったがもう書けない、
というよく読んだフレーズがまたでてきて悲しくなる。
生きてるんだから、書いてほしい。
まだ北杜夫の文章が読めるということだけで満足すべきなのかもしれないが、
81歳の老人にこういうことを言うのは酷かもしれないが、
北杜夫が「Jノベル」でやっている唯一の連載エッセイは、ほとんどが二,三度は読んだような思い出話だ。
あんな連載を続けるくらいなら、少しでも小説を書いてほしい。
前回の躁期に出た短篇集「消えさりゆく物語」の衝撃を、もう一度味あわせてほしい。
椎名誠・沢野ひとし・木村晋介・目黒考二の四人も、もう六十を軽く超えたお爺ちゃんだ。
「コタツとストーブ、どっちがエライか」というようなバカ話で
どこへすっ飛んでいくのかわからない展開を見せる「発作的座談会」シリーズは
今月出た「帰ってきちゃった発作的座談会」で終了するという。理由は、
四人集まっても以前のようなバカ話が、歳をとるとともにできなくなったからだという。
最近も何度も座談会を催したけれど、面白いものが収録できなかったからだという…。
大好きな作家が老いていくのを見るのは、とても悲しい。文章家としての椎名誠は、
「週刊文春」を見てもこの本のあとがきでも、まだまだ健在なのに…。